『暴力団と癒着』報道の裏側 [2012年8月17日17:35更新]

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7月25日、福岡県警刑事二課警部補の中村俊夫容疑者が逮捕された。暴力団関係者に捜査情報を教えて、見返りに現金数十万円を受け取ったのがその容疑。この件をめぐる報道は、異常を極めていた。20日に読売新聞が朝刊一面で、デカデカと報道したのを契機に一気に全社の報道が過熱する。「福博会に情報提供」「工藤会関係者の相談にのった」と当時、県警が進めていた捜査内容が流出。一時は逮捕も難しい、との情報が流れた。なんとか逮捕にこぎつけたものの県警側のドタバタを知っているかのように、贈賄側は金を渡したことを否認。事件の方向はまだ定かではない。

読売特ダネは自爆テロ

読売新聞が20日の朝刊でなぜ、特ダネを掲載したのか。特ダネといえば逮捕当日に先行取材している新聞社が「抜く」のが慣例。まだ逮捕は先という段階でのこの記事には違和感を覚えた。当然、この件には裏がある。
「じつは読売の司法記者が、幹事社として各社にメールを送るさいに、誤って取材メールも流してまったのです。それで記者クラブ加盟の全社が取材内容をつかんでしまった。そこには金の授受という具体的な話のほかに、ネタ元が県警の監察であることや、朝日新聞が少し先行していることなどが事細かに書かれていました。読売としては送信ミスを最小限にするため、一気に書いたのでしょうが、本来は逮捕情報とあわせて特ダネとして出す準備をしていたのでしょう」
ある記者が語った裏の事情だ。取材メモを他社に送るということ自体、とんでもないミス。実際、この件は各社、それなりの感触は得ていたと思われるが、読売のミスによって、取材格差は解消されてしまった。だが、同時に警察からの情報を取る手段がつぶされてしまった。人間的な信頼関係をもとに、情報を得ていた各社の記者達に、まったく情報が入らなくなったのだ。
それまでの取材内容を活字にして読売の独走ははじまる。それは真贋の混合した情報をもとにしたものであった。まずは本部長のマル秘通達が工藤会本部の家宅捜索で発見されたという記事。それはじつは、読売の誤報であった。さらに工藤会組員とされていた贈賄側の2人も、どうも構成員でも準構成員でもない、ということが明らかになっていった。
「工藤会組員と書かれて迷惑している。うちの下の方と関係あったのかもしれないが、新聞で名前が出ている人間はうちの人間ではない」という工藤会幹部の発言も、ある新聞記者が確認した。県警側もそれを認め、報道では工藤会関係者、さらに暴力団関係者というようにトーンが薄まりつつある。
報道では、あたかもスクープを連発している読売新聞の内容に少なからざる誤りがあることが明らかになってきた。まさにミスを取り繕うための特ダネ作りが、逆にあいまいな情報を振り撒いてしまったのでは、報道に関わるものとしての品格を問われる事態といえるだろう。
8月1日、読売新聞記者に対する出入り禁止処分を県警側が発表した。日本経済新記者にも別件で同様の処分が下された。県警側は読売新聞の記事について、質問状を出すなどして、かなり神経をとがらせていたが、それに対して、読売新聞からの誠実な回答がなかったことで、処分につながったとみられる。

事件の方向は

事件そのものが暴追運動を進める福岡県警の捜査員が暴力団関係者に情報を流し、金を貰っていたという衝撃的な内容であることもあって、報道合戦は続いている。たしかに事件は憂うるべき性格を持っている。しかも全容を解明する前に話が世の中にでてしまった。読売の自爆により、県警は主導権を持って捜査を進めることが出来なくなった。
「捜査が出来る刑事はみんな情報ルートを独自に持っている。そこでのつきあいから足をすくわれる奴もいる。けれども接触しなければ闇の組織の内情はつかめない。飲み食いから始まって、だんだん金品のやり取りになる。ギブ&テイクってやつですよ。組織員としての自覚に関わることだけど、非常に難しい。中村警部補も仕事は出来た。借金があると書かれたけど、家のローンや教育ローンまで含めれば、それぐらいは抱えている人間はざらですよ。だから今回の件の理由は借金ではないですね。それなら一過性で済む話ですから」とある刑事は暗い表情で語る。
暴力団追放を掲げても、事件が解決できなければ、市民やマスコミから何をしているのだ、と警察は叩かれる。事件の解決のためには、それなりの情報ルートが必要になってくる。だが、善意で警察に協力する暴力団関係者などいるはずもない。
犯罪的な事実を握って、それを口実に上部団体のことをしゃべらせるという手法も、司法取引が許されない日本では口約束になる。目をつぶったこと自体が、捜査員の弱みになりかねない。
もちろん中村容疑者の問題は論外ではある。だが、それを指弾することでこの問題が解決されるとは考えられない。中村容疑者が暴力団関係者と呼ばれる人間たちと築いてきた関係は、意外に根深いと考えてよい。
贈賄側のグループがどのような存在であったのか、暴力団関係者という言葉でごまかすのではなく、彼らの実態に迫る必要があるだろう。マスコミ各社が、表面上の情報を追いかけるだけでなく、築かれていた闇の関係そのものの内容にメスをいれる方向に向かうことを期待する。