柳川市長選 石田市政に鉄槌(2)新市長には課題が山積 [2009年5月15日09:47更新]

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(09年4月号掲載)

柳川市役所会報で柳川市政の問題点を指摘した市民の会。たくさんの嫌がらせを受け、中には自宅の電話機をはずしたメンバーもいるという。それでも最後まで活動を止めることはなかった。

地元紙「ちくごタイムズ」。多くのマスコミが黙殺する中、石田市長の問題点や議会でのやり取りを報じていた。本紙と違って地元に密着した存在だけに、その苦労は容易に想像できる。 

何度も金子氏と同じ壇上に立ち、石田市政を批判した元東大阪市長の松見正宣氏。「最後まで絶対にあきらめない」と必死に投票を呼び掛けた支持者。こうした人々が市政の現実を市民に伝え続けたことが、金子氏の勝利に結び付いた。



政治家の資格なし  

「石田氏は事務所開きや演説会で『何とか新聞のことは絶対に信用しないで下さい』と支持者に繰り返し訴えてました」(ある市民)。 

明らかに本紙を指していると思われるが、何度も述べてきたように、本紙が書いた記事について、石田氏からの抗議や反論はこれまで一切ない。その上で「何とか新聞」と名前をごまかして批判するという姑息で卑怯なやり方。まともに相手をする気にもなれない。 

本紙をめぐる言動に象徴される、政治家としての資質の欠如。これこそが、市政の停滞を生んだ最大の原因である。議会からの追及は嘘や問題のすり替えで何とかかわして来た。だが市民の目までは欺けなかった。

期待に応えるべく  

本紙は2月号で、「金子氏は残念ながら『元市職員』から『候補者』へと変わり切っていない」と指摘した。「何としても石田市長を変えなければ」。こんな言葉を支持者から幾度も聞いたが「何としても金子氏を市長に」という言葉は、あまり聞くことができなかった。 

選挙戦最終日のマイク納め。金子氏は「『柳川を変えてほしい』とある有権者から涙ながらに握手を求められた」とエピソードを披露した。未来を託されるリーダーとしての責任、市民の期待がいかに大きいか、選挙を通じて分かったと思う。 

 

選挙は終わったが解決すべき問題は山積している。P社化粧品工場跡地の問題、堀割(水路)の水質問題、地元経済の活性化、市長と議会の対立で生じた市民間の感情的なしこり・・。柳川市民はこの4年で、判断を誤るとそのツケがすべて自分たちに降りかかって来ることを痛感したはずだ。新市長を見る目は当然、厳しいものになるだろう。 

金子氏には自らの言葉通り、謙虚な気持ちで市政運営に取り組んでほしい。それこそが、市民の期待に応える唯一の方法なのだから。