高松組 突然の倒産劇 真相は?(2)銀行への不信感が引き金か [2009年7月15日09:26更新]

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(09年6月号掲載)

閉鎖された高松組の建設現場(5月15日、中央区大手門)高松組の場合は昨年、福岡西部地区の波多江に建設したロワールマンションの販売が不振で、工事代金約5億円が支払われなかった。

また、地元デベロッパー「ユニカ」からマンションの新築工事を請負い完成したが、これも14億円以上が回収できなくなった。 

安値受注の常態化、デベロッパー破綻などによる工事代金の焦げ付き。こうした要因は、高松組の経営状況が急激に悪化した理由としては理解できる。だが高松社長が自己破産を決断した説明としては不十分だろう。
(写真=突然閉鎖された中央区大手門の建設現場)



事業継続はできないとの結論を出すにしても、取引先など周囲に及ぼす悪影響を考慮すれば、民事再生法の適用を申請するなど、「軟着陸」する道は他にもあったはずだ。

地元銀行の「裏切り行為」      

「資金繰りが悪化する中で生じた銀行との軋轢が、決断の引き金になったのではないか」(建設業関係者)。先述のロワールマンションに関連して、メイン行であった西日本シティ銀行との間でトラブルが発生。その後申し入れた融資金額から減額されるといった事態が起きていたという。 

ある銀行関係者はこう説明する。「最悪の場合でも高松組の名前を残すため役員の中から代表者を選び、会社が存続できるよう支援を申し入れた。だがその条件があまりにも厳しく、社長を引き受ける能力がある人物も不在。結果的には受け入れられなかった」 

「最後まで支援する方向だった」という金融機関だが、ある銀行は事業停止直前の5月11日、事前通告もなしに高松組の口座を凍結した。

こうした「裏切り」とも取れる行為が高松社長の銀行への信頼、さらには経営意欲を喪失させ、ついには自己破産を決意するにいたったのではないか。

側近不在の孤独  

「前の専務が病気で亡くなり、その後、別の側近も健康上の理由で相談役に退いた。彼らが相談相手となっていれば、今と違った結論が出ていたかもしれない。高松社長はわれわれが考える以上に孤独だったのだと思う」。こう話すのは同社を良く知る関係者だ。 

突然の倒産劇から1カ月が過ぎようとしている。はたして高松社長の決断は正しかったのか。地元業界に与えた影響はやはり大きく、多くの関係者が有形無形の被害を受けた。

10日には「電永社」(南区)が事業を停止、連鎖倒産の第1号となってしまった。本紙としてはやはり軟着陸の道を選ぶべきだったのではないか、と指摘せざるをえないが・・。 

 

厳しい状況にある地元建設業界を象徴する今回の倒産劇。業界を取り巻く環境、銀行との軋轢、失望。高松社長が下した決断は様々な要因、事態が重なった結果─こう結論付けるのは簡単だ。だが真実は結局、社長の心の中にしかない。

ここに、あらためて経営の厳しさを見る思いがする。