祭りの魅力取り戻そう 「もうひとつの山笠」山本十夢氏に聞く [2009年6月22日13:02更新]

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(09年6月号掲載)

 

講演する山本十夢氏

博多の男たちが熱くなる祇園山笠の季節が今年もやって来る。これに合わせるように山笠を題材とする歴史小説がこのほど発表された。

 

「もうひとつの山笠 まぼろしの福神流」(山本十夢=写真=著、梓書院)。明治から平成にかけ、山笠に魅せられた男たち3代の物語だ。 



福岡を代表する勇壮な祭りとして全国に知られる博多祇園山笠。自らも大の祭り好き、「山のぼせ」である山本氏に、作品に込めた思いを聞いた。
(写真=作品について講演する山本十夢氏)

 

物語の軸となるのは1905(明治38)年の「雷鳴事件」である。福神流が追い山ならしで雷鳴を太鼓の音と間違えて走り出し、祭りは大混乱。福神流はその責任を取って以後の参加を中止した。

福神流の復活を願う男たちに、当時博多を訪れた海軍大将・東郷平八郎のエピソードを絡め、現在と過去が交錯する形で展開する。 

 

「山を舁(か)くだけで頭の中が真っ白になる、年に1回バカになれる。それが山笠の最大の魅力ですね」。博多区上呉服町に生まれ幼い頃から山笠などに関わってきた。その経験を存分に活かし、祭りに賭ける男たちの生き様を描いた。

そんな山本氏だが13年前に博多松囃子で福神流の町総代を務めた経験から「祭りが“伝統”でがんじがらめにされている。特に若い人たちにとっては、時代の流れもあるだろうが、本来の魅力が失われつつあるのでは」と感じているという。 

 

物語の主な舞台である明治時代、「今では考えられないことですが、山笠が存亡の危機を迎えた」。欧米志向が急速に進み、日本古来の伝統文化をないがしろにする風潮が強まる中、山笠も標的となった。

1898(明治31)年、「締め込み一丁、裸同然のスタイルが野蛮」として県議会で廃止案が出されたが、法被(はっぴ)を着ることで何とか撤回させた。

「今では当たり前の法被姿も実は、時代の流れに対応した結果なんです」 

 

山本氏がこの時代を舞台に選んで描こうとしたのはもう1つ、明治人の気質である。「金や損得では動かない、凛として美しい心意気。明治の人たちにはスケールの大きさを感じます」

例えば作中に登場する日蓮上人像(博多区・東公園)。建立に身を捧げた湯地丈夫は完成後、台座に名前を刻む栄誉を断り、小さな石に自分と家族の名前を書いて台座の下に埋めたという。 

 

「山笠を心から楽しみ未来に引き継ぐために変えるべき部分、守るべき部分がある。それは何か。

山笠を愛する男たちの生き方と同時に、そんなことにも思いをめぐらせながら読んでいただければ嬉しいですね」 

もうひとつの山笠 まぼろしの福神流【山本十夢】<やまもと・とむ、本名・義裕
1949年生、59歳。福岡市在住。72年、福岡大卒
07年まで在福岡アメリカ領事館勤務


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