思惑外れた!?いまだ政党推薦なく(2)保守政党からひじ鉄 植木陣営 [2010年10月15日13:18更新]

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(10年9月号掲載)

植木とみ子氏を見守る山崎広太郎前市長(9月29日)9月29日、中央区のホテルで開かれた元市幹部・植木とみ子氏の政治資金パーティー。会場前方には植木氏を静かに見守る山崎広太郎・前市長の姿があった(写真、左は植木氏)

この日のパーティーでは壇上に立つことはなかった山崎氏だが、その後は街頭で自らマイクを握るなど、まるで自分の選挙であるかのように熱心な活動を行っている。

 

06年の選挙で吉田宏・現市長に敗れた山崎氏を「後見人」に据えた陣営は、さながら「前政権の遺物」といった趣だ。それは公約にも見え隠れしている。



例えば「須崎、中央ふ頭地区のまちづくり」。前市長時代、山崎氏が展開した五輪招致運動。その真の狙いは、ある地元企業が多く土地を所有する須崎ふ頭を「五輪のメイン会場」との名目で再開発することにあった。これは今や関係者の常識だ。

つまり植木氏の公約は「山崎前市長のかつての盟友へのラブコール」に他ならない。ただ残念ながら、同企業トップはとっくに現職へと乗り換えており、植木氏を支援するとしてもあくまで「保険」に止まると見られる。

五輪招致失敗を想起させることを避けるためか、最近の植木氏は「ふ頭地域の活用を図る」とは言うものの「須崎」という名を口にすることはなく、リーフレットなどにも記載されていない。 

 

一方、患者家族や医師らを中心に広汎な反対運動が起きているこども病院移転問題。これについては当初から「あらゆる方面から再考する必要がある」としていた植木氏。最終的には、こども病院は現在地に残した上で人工島の予定地にも新病院を建設するとの公約を明らかにしている。

前回選挙で大きな争点となり、今回もまた選挙戦でクローズアップされそうなこの問題。そもそも人工島への移転計画を発案し強引に推し進めたのは、他ならぬ山崎氏ご自身であることを、まさかお忘れになったわけではあるまい。 

 

「だまされた」。8月中旬、ある自民党ベテラン市議はこう吐き捨てた。「7月ごろ、植木氏本人が『みんなの党から推薦の申し出があったが断った』と言っていたのだが」

昨夏から出馬を取りざたされた植木氏は、保守系会派へ秋波を送り続けてきた。前回選挙で自民など保守政党は現職だった山崎氏を支援しただけに、このこと自体はごく当然のように思われた。だが植木氏への反発は特に若手市議から根強く、自民関係者から「推薦などできるはずがない」との声が出るほどだった。 

植木氏は8月10日の出馬会見後、自民など保守系会派、みんなの党などに推薦願を提出。「一度申し出を断った党に推薦願を出すなどありえない。うちの推薦ほしさにあんな嘘をついたのだろう」(前出自民市議)。保守系会派は植木氏を推薦せず、元KBCアナウンサー高島宗一郎氏の擁立を決定。願いは叶わなかった。  

 

政党推薦、財界支援、こども病院移転をめぐって現職に反発する市民票・・。四方八方に狙いを定めて動いてみたものの、あまり成果は上がっていない。自民市議への「嘘」をはじめ植木氏、そして山崎氏の資質に問題があるから─こう断じても決して的はずれではなかろう。

それでも、政党推薦を受けられなかったことを逆手に取り、パーティーで植木氏は「市民党」との言葉を繰り返した。同氏の交友関係や山崎氏のかつての支援者を中心に支持を求めていくと見られるが、より広い層にアピールできるかどうかは、前市長の「露出度」次第─となるかもしれない。

★本稿は、9月号掲載記事にその後の動向などを加筆・再構成してアップしたものです。