福岡の住みたい街

タウン情報誌「福岡ウォーカー」3月号に、読者6762人が選んだ、福岡地区の住みたい街ランキングが発表されていた。
1位が糸島で2位に天神・大名が選ばれていたので、驚くと同時に福岡ウォーカーの読者と、自分との年齢の差を感ぜずにはいられなかった。

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25年3月以降に着工予定~福岡地区分譲マンション

25年3月以降に着工予定~福岡地区分譲マンション

デベロッパー マンション名 地区 設計事務所 戸数
ネスト ネストピア博多南1丁目・ワンルーム 博多区 太陽設計 80戸
NTT都市開発 平尾分譲マンション計画 中央区 熊谷組 63戸
大和ハウス工業 愛宕計画 西区 大林組 93戸
夢屋 パルガーデン下山門Ⅱ 西区 雅禧建築設計 26戸
第一交通産業 アーバンパレス愛宕南 西区 R.E.D建築設計 22戸
積水ハウス グランドメゾン平和1丁目 南区 手島建築設計 13戸
井上組 花畑分譲マンション 南区 マサキ設計 19戸
第一交通産業 アーバンパレス老司3丁目 南区 サニム建築設計 24戸
照栄建設 ヒューマインド茶山 城南区 照栄建設 15戸
積水ハウス 仮称・西新2丁目プロジェト 早良区 既存建物解体中
積水ハウス 仮称・草香江2丁目プロジェクト 中央区 既存建物解体中
 

消費税率アップが来年に迫って来たこともあり、小型の物件開発が目立ってきたようだ。

身体検査

身体検査には二種類あって、一つは学校などで行なわれている検査だが、最近良く使われるのは政治家の身辺調査を意味しており、特に大臣登用の際に行われ、問題があれば閣僚予定者から除外される。 続きを読む

世代交代でも福岡県自民党完勝!夏の参院選、麻生太郎副総理の野望は?

29年ぶりの師走選挙となった衆院選は、自民党が単独で絶対安定多数を確保する294議席の圧勝。福岡県内でも、民主候補が比例復活すら許されない沈没ぶりの一方、自民は公認・推薦候補が全員当選し、比例2人を含め国会議員13人を数える〝完勝〟。また2、3、7区では山崎拓元副総裁、太田誠一元農相、古賀誠元幹事長と党要職を務めたベテランの引退が相次ぎ、世代交代も印象づけた。だが大勝の陰に隠れた事実も露呈。たとえば自民の比例票が目減りしている実態。これに派閥バランスの変化、今夏の参院選に向けた思惑が交差し、自民県連内部からは早くも不協和音の軋みが漏れ始めている。 続きを読む

イトマン事件

平成3年正月、中堅商社イトマンから3000億円以上の巨額資金が、闇社会に流れたスキャンダルが発覚した。この事件の中心人物で、実刑を受け服役していた許永中(韓国籍)受刑者が、昨年11月頃国際条約により韓国の刑務所に移送されたことがマスコミに報じられていた。同受刑者は独特の風貌の持ち主で、福岡に知人がいて、福岡経由で海外逃亡した過去もあり、当時取材で走り回った記憶がある。 続きを読む

福博噂話

昭和38年2月、門司、小倉、八幡、戸畑、若松の5市が合併し九州初の政令指定都市、北九州市が誕生して今年で50周年を迎える
明治以降の富国策で4大工業地帯の一角を担い、石炭と鉄で発展し、合併時の人口は107万人を数えた。だがその後のエネルギー政策の転換で石炭産業が衰退、旧新日鉄八幡の規模縮小が決定的となって、往年の賑わいはうたかたの夢と消えた
一方、賑わいと利権は表裏一体で、かつての好況時は暴力団も潤っていたが、景気の後退とともに利権が減少、しのぎを求めて暴力団の発砲事件などが多発した。そのため一昨年来、福岡県警主導で官民一体となった暴力団撲滅運動を活発化させている。だが逆に一般市民が被害者となる事件が増え、北九州市のイメージは一段と悪化、市民は大きな代償を強いられている
また一時期、市内各所の数多くの煙突から立ち上る七色の煙は自慢でもあったが、排煙も含め、長年北九州市民が苦しんできた公害問題も、歴代市長の熱心な取り組みで、往年の自然環境を取り戻そうとしている。清流となった紫川は市民の憩いの場となり、洞海湾にも魚が戻った。昨年10月オープンした響灘ビオトープでは、準絶滅危惧種のメダカやトノサマガエルなどが観られるという
北橋健治市長も、北九州市のイメージをアップさせるため懸命な努力を行っている。一部の反対する市民を説き伏せ、東北の瓦礫処理を引き受けた
それに比べてどこかの市長はどうだろう。爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ。

永田町リポート 結局はお友達内閣 〜党は軽く、政府が重く、閣僚の失言が危ぶまれる〜

12月26日にスタートした第二次安倍内閣。吉田茂元首相以来の再登板となっただけに、前回の第一次内閣の失敗をどのように教訓化して、繰り返さないかが注目されている。前回の特徴はトップにも嫌なことを言ううるさ型や一家言ある若手を遠ざけ、耳に心地よいことだけを言うお友達ばかりを回りに集めたことが最大の失敗の原因だった。散々批判されたにもかかわらず、あまり教訓にはなっていないようだ。 続きを読む

公的支給の不正が増加

最近、生活保護や母子手当受給での不正の件をよく耳にする。福岡県でも詐欺事件として警察サイドが内偵しているケースがあると聞く。そのうちには立件されたものもあるらしい。
そもそも昔から公的支給に不正はつきものといわれてきたが、国の財政難と絡む社会的な問題としてこの不正受給の問題が大きく浮かび上がってきた。以前は、役所が調査してもなかなか実態が判らず、しょうがないかとなっていた問題だが、最近は警察が詐欺事件として捜査に乗り出すケースが増えてきた。 続きを読む

建築工法の変化で、左官の仕事が激減し倒産 鏝絵(こてえ)を職人技から芸術作品へ昇華 豊後の鏝絵師 後藤仁五さん(65歳)

右官と左官
今回登場願うのは、大分市在住で「鏝絵(こてえ)の仁五」を名乗り、滅び行く左官の匠の技を後世に伝えるべく、努力している後藤仁五氏である。
左官の語源は一説によれば、今から1300年前の奈良時代にまでさかのぼる。当時の建物は柱などの構造物を大工が立て、壁や瓦などは漆喰職人が作業、この2つの職種で建物は建築されていた。内裏や公家の住居、寺院の伽藍など、建築物はすべて朝廷の意向で建てられるが、官位が無ければ朝堂などに上殿することが出来ない。そこで大工を右官とし、漆喰職人に左官という官位を与えたもので、大工の右官は棟梁に変わったが、左官はそのまま職種として残ったものと言われている。

後藤仁五氏は商家の生まれで、学業を身に付けたかったのだが、家庭が複雑で家にいたたまれなくなって、中学を卒業すると同時に家を出た。当然「手に職を」と考え、左官職の親方の下へ弟子入りした。前述したように昔の家は左官職人の仕事が大半で、特に代名詞ともいえる壁は竹組の上に3層の工程が必要とされる。まず赤土だけの粗塗、次に赤土と砂、切り藁を混ぜて中塗して、最後に白い漆喰で整える。そして台所のかまどや流し台も、こて1つで器用に作成、そして土間や玄関のたたきなども左官職の工事範囲内だった。
しかし弟子入りした当初から、こてを握れるはずもなく、最初は漆喰の下地として使う赤土を練り上げる力仕事の連続で、途中で逃げ出す人も少なくなかった。一通りの修業を積み、一人前のこて使いが出来るようになり、若くして24歳のときに独立し、左官職人として請負業の道に入った。

 左官職が要らなくなった
独立してから20年近くは真面目な仕事振りと確かな技術力を評価され受注も多く、利益も出し潤っていたが、余裕が出来て趣味で始めたモーターグライダーの墜落事故で事態は一変した。片足を切断しかねないほどの大事故で、生死の境をさまよったほどだったという。
悪いことは重なるもので、建築工法が大きく変化していく時代の波にも直面した。壁は赤土を何層にも塗り、さらに白い漆喰で上塗りするため、乾燥には時間が必要で、住宅建築が長期間にわたる要因でもあった。しかし左官職の代名詞でもあった漆喰の壁は軽量の不燃ボードに代わり、風呂や洗面所はタイル貼りからユニットバスへ、また台所はシステムキッチンに取って代わられ、工場生産で多くの製品が市場に出回ると、左官職が腕を振るえる仕事はあっという間に無くなってしまった。
経営していた会社も、社長が不在の中では業績が急降下し倒産するのは当然で、先祖から引き継いできた財産もほとんど失うことになった。

鏝絵の制作へ
生死の瀬戸際から生還したものの、左官の仕事が無くなった仁五氏が、会社を整理した後に、これからどうしようかと考え、新しく居場所を見つけ出したのは鏝絵の世界だった。
大分地方、特に豊後から日田、さらに筑前朝倉地方にかけては、古くから土蔵や店舗などの壁面に、左官職人が自らの仕事の証を示す意味で残していた、鏝絵に目が向いた。豊後の鏝絵師「鏝絵の仁五」の誕生である。
もともと鏝絵は、こて1つで漆喰を立体的に盛り上げ、七福神などの福を招く象徴や、花鳥風月、また火災防止を祈願するために水神の龍などを題材としている。江戸中期に静岡県出身の名工入江長八が、芸術の域にまで昇華させた開祖と言われている。大分へもその弟子が伝えたものだが、現存している鏝絵は大部分が左官職の手すさび程度の職人技のレベルでしかなかった。
新たに鏝絵の制作を始めた仁五氏の初期の作品は、墜落事故の影響で神仏に対する謝恩の気持ちが強く、扱う題材にも偏りがあったが、次第に心も落ちつきを取り戻し、幅広いテーマに挑戦するようになったようだ。
仁五氏が目指したのは単に漆喰を山形に盛り上げるレリーフではなく、足や腕や頭が壁面から飛び出し、浮き上がり、奥行きがある立体感を持った漆喰彫刻ともいえる作品だ。だから材料の漆喰も粘着性を強く持たせる工夫を施し、使用するこても工程ごとに変えた。特に仕上げには細かい部分が増えるため、1つの作品を制作するためにへらの大きさや角度が異なる、100種類以上のこてを自ら加工したこともあるという。

鏝絵の新しい領域
これまでは、外壁を飾ることが主流だった鏝絵だが、最近は内装業界でも注目され始めてきた。上の写真は、昨年10月に名古屋駅前の地下街天井に飾られた3点の鏝絵の1つ、雷神の像。地下街通路の角々の天井に飾られているもので、風神、雷神、そして龍神の組み合わせ。それぞれ縦2メートル×横1.5メートル、奥行きが50センチメートルあり、見事なレリーフである。白一色で作られているのだが、光を当てることで陰影が生じ、立体感がより強まるだけでなく、光の色を変えることで、受け取るイメージが大きく変化し、評価が高まっているという。
下の写真は中洲ゲイツビルの焼肉レストラン「肉匠利休」の入口を飾っていた1.5メートル四方のレリーフ。元オーナーの梨田現WBCヘッドコーチがモチーフだった。


また下の写真は、昨年7月に名古屋の大和屋守口漬物総本舗が、東京大丸食品街ほっぺタウンに出店した際、商品である「魚介味醂粕漬鈴波」の看板として店に飾られたもの。縦70センチメートル×横2.5メートルの長方形だが、モニュメントとしても充分に存在価値をアピールしている作品。


今年も新たな鏝絵制作で忙しい。大和屋守口漬物総本舗から引き続き、2月一杯が納期の2つの作品を受注しているからだ。松坂屋デパート名古屋本店地下街の店舗に飾られるもので、1つは商品名「鈴波」の看板で、縦1メートル×横4.2メートル×奥行き15センチメートル。もう1つは、鮭が樽から飛び出すさまを表したモニュメントで、ショーケースの中に置かれるが、大きさは縦1メートル×横1.2メートル×高さ25センチメートルと大きい。
今年65歳を迎える仁五氏は、工房での制作が日課で、数年前からは三男も仕事を手伝い始めており、後継者として育成を進める一方、自らは職人技を芸術の域に引き上げるべく力を注いでいる。
夢は先人から受け継いできた伝統文化としての鏝絵を、現代の建物に融合させることが出来る、古いながらも新しい技術や領域を切り拓き、さらに極めることが出来ればというもので、まだまだ意欲は旺盛だ。

行政の支援やNPO団体の活動で減少するホームレス 非正規拡大や不況長期化で増加の懸念も

失業などによって路上生活を余儀なくされた人、ホームレスが近年、目立って減少している。以前は福岡市内のちょっと大きな公園には、ブルーシートの仮小屋がよく見られたものだが、最近ではほとんど目にしない。厚生労働省の調査では、全国ではこの4年ほどで4割減、福岡市では4分の1以下に減ったという。行政の支援強化や民間の支援団体の活動が功を奏しているといえるが、問題が解決したわけではない。最近は、以前は見かけなかった20〜30代も散見されるという。非正規労働が広がり、不況が長期化する中、今後もホームレスに陥る人が続く懸念がある。 続きを読む

オリジナルスイーツを作りたい

ランチとコーヒー、そしてケーキの店、「ミック コメルシー」が薬院の九電不動産ビル横の建物の1Fで、平成24年5月オープンして半年余り。オーナー兼パティシエの藤野智信さんは障害者手帳を持ち、少し足が不自由だが、前向きで非常に明るい性格だ。 続きを読む

どうなる博多座

今年は4月に東京の歌舞伎座が開場し、こけら落とし公演には「十八世中村勘三郎に捧ぐ」と冠した演目が上演される予定だ。一方、芸どころを自負する福岡では、長い間歌舞伎が上演できる施設がなく、先人が奔走した結果、平成11年6月3日に博多座が開場した。 続きを読む

ペーパーカンパニーの中村氏講演決定

「JR博多シティ」の名付け親・ロゴデザインも手がける!
ペーパーカンパニーの中村氏講演決定
企画書年間200本!企画書だけで食って20年!話題の「全身企画屋」!

福岡最古にして未だ最前線の戦略プランナーとして、年間200本の企画書を提出!
売れっ子と呼ばれる所以を目の当たりにし、あなたは何を思う?!
視点を変えることで、独りよがりの企画書から脱却・「意志」を持った企画書を生み出す、
その目から鱗の方法とは?!

○「バカな現場」から学ぶ「カシコイ現場」!
○圧倒的な量の情報に取り囲まれるこの時代。
必要なのは情報や知識より〇〇!検索や入力より□□!
○7社の名刺を使い分け・八方美人なのに嫌われない方法とは?!
○大手広告代理店◇◇社と△△社から同じコンペに企画依頼!果たしてその結果は・・?
○「視点を変える」ための一番の近道教えます!
開催日時 2013年2月21日(木)19:00~21:30
場所 レソラNTT夢天神ホール
店員 200名(WEB事前登録が必要です)
ゲスト 有限会社ペーパーカンパニー 代表中村修治氏
参加費 2000円(事前登録で半額1000円!学生無料!)
お申込み方法
WEB http://www.d2k-net.com/
facebook http://www.facebook.com/events/126521544185698/

★名刺もしくは氏名・メールアドレスが記載されたものをご持参ください。
受付として1枚、名札用に1枚ご用意ください。

バーの復活

最近バーが復活している。

50年前はカウンターで立って飲むスタンドバーが主流だった。男性のバーテンダーがいてシェーカーを振り、よく新しいカクテルを考案していたものである。カウンターでは客同士がトランプやダイスで、仲良く遊んだものだ。店に女性はいてもあくまで主役はバーテンダーだった。 続きを読む